ここで働いています

2024年2月12日月曜日

マスクの有効性を測る境目: 恣意的な境目が判断の基準になる

  今回は再びマスクが新型コロナ感染症予防に有効かどうかという話題に戻ろう。それはすでに決着済みの話題だという人がいる。ある人はコクランレビュー1)を引用して無効であるといい、ある人はコロナを対象に限った観察研究を含むメタ分析2)で有効であるという。決着済みという人たちが正反対の決着で対立している。これだけを取り上げても、マスクの有効性について決着済みということはできない。

この対立の決着について、どちらかが正しいかということだと思う人が大部分かもしれないが、それは決着ではない。ここでは対立自体が事実かどうかを問題にしているわけではない。事実は手の届かない別のところにある。事実を通した認識を言葉にすることによって、両者の立場が表現されるが、それはどこまで行っても立場の違いに過ぎない。つまりこの対立は、前回取り上げたソシュールの文節の恣意性を考慮すれば、当たり前のことである。どんな情報を基にしようとも、その情報による有効/無効の区別は事実そのものでなく、人間の側で勝手に有効/無効に区別された様々な境目のうちの一つでしかない。有効/無効の境目は恣意的にしか決められず、当然いろいろな境目を主張する人たちが出てくる。

境目は、人間の側が恣意的に分節しているだけ。そこに事実としてあるのは、100%有効から100%無効へ向かうなだらかなグラデーションだけである。マスクの効果は100%有効ということでもないが、100%無効ということでもない。なだらかな変化のその途中にある。ただなだらかな変化にそもそも境目はない。虹が実際には7色に分かれて見えないように、マスクの有効性も有効/無効の2色には見えない。ただそれを有意水準5%未満で統計学的に有意/有意でないというランダム化比較試験やそのメタ分析の恣意的な基準を研究者側が利用して、有効/無効という2色であるように見せかけているというのが事実である。そして情報の受け手も、その見せかけ通りに有効/無効のどちらかを信じ込まされている面がある。

 それではここでもう一度、マスク着用が無効というコクランレビューの結果と有効というメタ分析の結果を並べてみてみよう。この結果が事実の側にあるのではなく、人間側の言葉の文節の恣意性の側の問題であると意識してみるとどんな風に見えるだろうか。コロナ感染予防についての相対危険と95%信頼区間を下記に示した。

 コクランレビュー:相対危険1.01(0.72~1.42) p>0.05

 コロナに限ったメタ分析:相対危険0.47(0.29~0.75) p<0.05

相対危険はマスク着用群と非着用群を比較するための指標で、マスク着用群の感染者数を非着用群の感染者数で割ったものである。1の時に両群に差がない。1未満の時に有効、1以上の時に無効・有害という結果である。まずその数字だけを見れば、コロナとインフルエンザの両者を含むコクランレビューでは1.01と1以上で効果はなく、わずかに感染を増やすという結果である。下段のコロナに限ったメタ分析では、1未満でマスク着用の効果ありという結果である。相対危険に注目する恣意性の元では、方や無効、方や有効という正反対の結果である。

さらに有意水準5%で統計学的検定という恣意性でみても、上は危険率が5%以上で無効、下は5%未満で有効と、相対危険の数字で見たのと同じということになる。しかし、両者の信頼区間でみると0.72~0.75の範囲で重なっており、この重なり部分に注目した恣意性でみれば、30%近く感染を予防するという似たような結果を示しているのかもしれない。

またこの信頼区間は5%の確率で効果はこの範囲外にある可能性を示しており、上の研究結果でさえ相対危険で0.7程度、相対危険減少で30%以上感染者を減らす可能性を残している。またその逆に1.5倍以上感染者を増やす可能性も捨てきれない。下の統計学的に有効という研究結果では、少ないながらもその上限が1を超えているかもしれず、効果がない可能性もある。信頼区間の上限の外に注目するという恣意性の中では、この2つの結果はどちらも無効という風にも読める。同じ研究結果も、様々な視点で解釈することができ、そのさまざまな見方が可能ということは、そこに恣意性があるということである。

 一方の研究を取り上げても、両方の研究を取り上げるにしても、有効/無効のいずれかが正しいとすることなどできない。どちらも間違っているともいえるし、どちらも正しいともいえる。そしてそれは情報を見る側の問題であり、見るときの基準は、客観的どころか、恣意的なものである。統計学的な結果そのものであっても、統計学の外に出れば、様々な切り口がある。統計学だけが解釈の道具ではない。ソシュールの言語学に倣えば、有効/無効の区別は常に相対的なものになる。現実の世界に境目などない。境目は人間の脳の内にある。

参考文献

1) Jefferson T, et al. Physical interventions to interrupt or reduce the spread of respiratory viruses. Cochrane Database Syst Rev. 2023 Jan 30;1(1):CD006207. doi: 10.1002/14651858.CD006207.pub6. PMID: 36715243.

2) Talic S, et al. Effectiveness of public health measures in reducing the incidence of covid-19, SARS-CoV-2 transmission, and covid-19 mortality: systematic review and meta-analysis. BMJ. 2021 Nov 17;375:e068302. doi: 10.1136/bmj-2021-068302. Erratum in: BMJ. 2021 Dec 3;375:n2997. PMID: 34789505.