「恋する原発」、高橋源一郎著
原発を作ったのは原発ではない。当たり前だけど。
私を作ったのは私ではない。当たり前だけど。
全文引用したいところだが、著作権に触れるのでやめる。
反対に小説には直接描かれていないことばかり書いてみる。
なぜか中島みゆきの古い歌を思い出す。
「誰のせいでもない雨が」
どんなことだってどこまでも人のせいにできる。
そこで「誰のせいでもない雨が」だ。
誰のせいでもないと、自分で受け止めるということが可能かどうか。
そうやって人のせいにせず、自分で受け止めてきたものたちというのは、世の中から忌み嫌われたり、避けられたりしてきたものたちだ。
何かの賞をもらったりすると、「皆さんのおかげで」なんていう。よいことを誰かのせいにするなんてのは案外簡単。
難しいのはその反対。
原発が恋するというようなことであれば、原発は何を受け止めるのか。何を引き受けなければならないのか。
私が私から逃げずにどう生きればよいのか。
それを問い続けたい。
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