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2008年4月6日日曜日

マテリアルと超システム

郡司ペギオのいう「マテリアル」と多田富雄のいう「超システム」はほとんど同じことか。

池田清彦のいう、コトバの形式と生命の形式が同じというのも似たようなことなのか。

あるいは養老孟司がいう「脳化」というのは、脳で認識する以上、コトバも生命も社会も、脳を介した共通のルールで見ることしかできないということか。あるいは逆に、脳は、世の中の反映の一部にすぎないということか。

世の中の写像が脳の中にあるのではなくて、脳が世の中の写像なのかもしれない。

脳は「超システム」の一つにすぎない。
脳の「マテリアル」としての側面。

病気も病気の人も家族も地域も、当然「超システム」である。
病気、病人はマテリアルだ。

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