外来をやりながら、こちらの考えがうまく伝わらないことがよくある。そういうときに、そこでの問題は、コミュニケーションがとれていないということなのかどうか。
検査をしても偽陽性が多くてあまり役に立たない状況でインフルエンザの検査を希望する患者に、いくら説明をしてもうまくいかないこともあるし、逆にちょっとの説明ですぐに納得してもらえることもある。前者はコミュニケーションがとれていないくて、後者はとれているということだろうか。
インフルエンザの検査に対する、医者側の理解と患者側の理解のギャップ、具体的には医者は不要というし、患者はしてほしいというようなギャップ、そこにコミュニケーションをむつかしくする原因がある、それがコミュニケーションのとれない理由の説明の一つではある。確かにその通りという気もする。
しかし、医者も患者も検査に同意して、流行期のインフルエンザ患者との接触が明らかな患者について、発症直後であっても検査をするし、陰性だからインフルエンザではないと判断する、というのはコミュニケーションが取れているといえるのかどうか。それは単に言葉が通じているというだけで、問題が何も解決されていない。つまりこれは話が通じているかどうかというだけでは解決しない問題だ。
それでは問題はどこにあるか。現象とコトバのギャップにある。こうした見方をするようになると、ありとあらゆる問題は、医者と患者のギャップではなく、現象とコトバのギャップに見えてくる。
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